と、いうことは、つまり『レ・ミゼラブル』初演で初舞台を踏んだ私も20周年という事になりますです。
私、今日で芸能生活丸20年となりました。
いやぁ「芸能生活」なんてフレーズ気恥ずかしいですねぇ。
20年前の今日、帝国劇場の端っこで、ぼろぼろの衣装を着て身体中で、フランス革命に生きた民衆を演じていた私。大学生でした。
楽屋では衣装を着たまま卒論書いてました。
お化粧なんて毎日した事もない私は、初日前のプレビュー公演で肌が火あぶりになったようにただれてしまって、火傷の薬を先輩に教えて貰って、お化粧の代わりにそれを顔に塗って、黒いパンケーキで汚しを入れて舞台に出ていました。
毎日楽しかったぁ。
ほんとに毎日毎日、ものすごく楽しかった。
演じる事が嬉しかった。
劇場に通う事が嬉しかった。
楽屋に居る事だけで嬉しかった。
舞台の灯りの漏れる袖で共演の俳優さんを眺めるのが嬉しかった。
早替えしたり、舞台裏を横切ったり、きっかけを待ったり、小道具を揃えたり… 何から何までいちいち嬉しかった。
夢のような毎日でした。
学生演劇や、小さな小さな芝居小屋での舞台出演や、影コーラス等の経験はありましたが、いきなりこんなに大きな劇場の舞台を踏めるなんて夢以外の何ものでもありませんでした。
高校生の頃から、私は、最終的に演じる事が確実に出来るオーディションを沢山受けていました。
様々な会社のキャンペーンガールやイメージキャラクターのオーディションでも、副賞で映画出演やドラマ出演等が付いているものは受けました。
でも残念な事にどれも書類選考で落ちてました。
大学には行かずに劇団の養成所に入りたくて、机の引き出しに写真を貼った某劇団の願書を忍ばせつつも、尊敬する諸先輩から「大学生、っていうのも経験するべき。行けるもんなら行くだけ行って、学ぶものがないと思えばその時辞めても遅くはない」と言われて大学進学。
希望学部は演劇専攻だったけれども、両親の「第一希望は得意の英語にしなさいな」と言う気持ちを汲んでしかたなく外国語学科へ進んだ私。
勿論、舞台や映画の新人俳優募集も受験していました。
でもやはり大概は書類で落選。
今思えば、友人に学食で撮ってもらったような写真じゃあ… まず駄目ですよね。
でも「役者になりたい」と思う気持ちは捨てられずにいました。
大学3年の時、東京学生英語劇連盟という東京の大学が集まって英語劇を公演するサークるのスタッフをしていた時に、先輩から『レ・ミゼラブル』の一般公募の話を聞いたのです。
オーディションの内容は歌だけだから、トコ、受けてみなよ、って。
周りは「デキレースでしょ。もう決まってるんだよ、きっと」と言う人もいました。
確かに、スポーツ新聞等には、有名俳優さんの名前がもう羅列されていたのを見ました。
ただ、駄目もと。受けないで悔しがるより、受けてみて駄目なら仕方ないと、私は書類を提出すべく審査用の歌を吹き込みました。
ミュージカル『The WIZ』の「HOME」という曲です。
私の声の性質を分かっている高校のクラブの同級生が「トコの声域に合ってるよ。これを歌えばトコがどんな声か分かる筈だから、この曲を歌いなよ」と譜面とダイアナ・ロスが歌っているカセットテープをくれました。
ダイアナ・ロスの歌う「HOME」は、低音から始まり、ラストにかけてシャウトするような高音になる、壮大なバラードでした。
薦めてくれた友人に伴奏をお願いして、書類審査に提出するカセットを作りました。
目立つようにと、「不思議の国のアリス』のイラストの描かれたカセットテープにしました。
ささやかなアピール。
英語劇の公演の最終日。
ロビーでスタッフとして後片付けをしていた私に、母が茶封筒を抱えて走って来ました。
何事かと思いますよねえ。
母は「速達で届いたからっ」と、わざわざ持って来てくれたのでした。
中身は「書類審査合格」
二次審査用の課題曲の譜面とオーディションの要領が同封されていました。
続く。